韓国最高裁「徴用工」判決をできる限り中立で,かみ砕いてまとめてみた
こんにちは。karasunです。
今日は衝撃的なあの話題,「徴用工」判決について書きたいと思います。
なんでまたこんなシヴィアな話題に触れようかと思ったかといえば,嫌韓とかそういう訳ではなくて,単純によくわからなくて気になったからです。
また報道やそれに対する反応を見る限り,多くの人もこの問題に対する理解が進んでいないのではないかということから,筆者なりの理解をシェアできたらなと。
繰り返し言いますが,私は何らかの政治的メッセージを発進したいわけではなく,主として法的問題に興味があるだけです。できる限り中立的・客観的に事実と当事者の主張を書いていきたいと思います(主観を交えるときはその都度注意します)。
この点をご了承した上読んでいただければ幸いです。
※長いので要点だけを読みたい方は以下の「まとめ」にとんで下さい※
はじめに
皆さん既にご存知かもしれませんが,今回問題となる「徴用工」判決をざっとおさらいいたしますと,
・第二次世界大戦中に日本政府の下で働いていた徴用工と呼ばれる人たちがその労働で被った損害の賠償を請求をした
・訴訟の相手方はその徴用工を働かせていたとされる企業 新日鉄住金(旧 新日本製鉄)
・韓国の最高裁は徴用工の個人請求権の存在を認め,新日鉄に対し一人当たり1000万円の損害賠償を命じた。
という流れです。それでは早速各論点についてみていきましょう。
徴用工とは
ザックリ言うと戦時中,日本の労働力として労務に従事していた朝鮮人を指す言葉だといえます。
ザックリ言わなければ定義は多岐にわたり,立場によっても認識がかなり違うようです。
①戦時中,朝鮮半島から日本に移住し日本で(強制的に?)労務に従事していた朝鮮人
②朝鮮半島で(強制的に?)日本の労務に従事していた朝鮮人*1
韓国政府の認識は①+②ですが,日本政府の認識は②のみのようです。
この時点で既に見解が相違していますね。
請求権・経済協力協定
今回の裁判の肝となるのがこの協定*2です。
これは1965年日韓基本条約に付随して締結されたもので,その内容を大別すると
①日本は韓国に無償で3億ドル,有償で2億ドル提供する。
②日韓における財産や請求権に関する問題はこの協定により完全かつ最終的に解決されたこととなることを解決する。
③この協定に関する紛争は外交で解決する。これが上手くいかない場合,仲裁委員会なるものを作り,その決定に従う。
③は置いといて,①は日本から韓国に対する賠償金のようなものと見て良いでしょう。日本はこの支払いを実行しております。といっても,この金銭がどこまでの範囲を補償するものであるかは解釈の分かれるところです。
②は今回の騒動で最もカギを握る内容ですね。
文字通り捉えれば,戦争の償いとして日本が韓国に支払うべき金銭はもう何もない!というように解釈できそうなものですが,どうなのでしょうか。
裁判の経緯
そもそもこの裁判は何も昨日今日突如として現れたものではありません。
実は,とっくの昔(2012年)にこの裁判は最高裁の判決が出ており,下級審に差し戻されています。
その差戻審が行われ,再び最高裁に戻ってきたという訳です。
(裁判の経緯のイメージ図)
地裁→高裁→最高裁「もう一回ちゃんと審理してこい」→
(差戻)→高裁→本判決(イマココ)
つまり,今回の最高裁判決は前回の最高裁判決をなぞるだけの出来レースだったという訳です。
よって,今の韓国政府(文在寅政権)が政治的圧力によって司法権の判断を歪めた,とかそういうわけではないようです。
むしろかつての政府(朴槿恵政権)は「こんな判決を出しちまったら日韓関係がヒエッヒエや!」とおそれ,逆に訴訟を先延ばしにするよう圧力をかけていたなんて話も出ています(実際その訴訟責任者は先延ばしを職権乱用と見られ逮捕されています)。
本判決のポイント
ここがメイン論点ですが,韓国最高裁は何故完全かつ最終的に解決されたはずの請求権を掘り返して日本企業に支払いを命じたのでしょうか。
この日本目線からすれば理不尽とも思える判断が,わが国における多くの人々の反感を買っているという訳です。
しかし,仮にも最高裁という法的判断のプロ中のプロが安易な感情論や暴論で不当判決を下すはずがありません。
そこには(当不当はともかく)それなりのロジックがあるはずです。
筆者は原文を呼んだわけではないのですが(すまねぇ韓国語はサッパリなんだ),韓国メディアの和訳ページや各ニュースサイト,有識者のブログなんかを見比べて「どうもこういうことらしい」という認識を得たのでその結果をここに記載します。
正確性を担保するものではありませんのであしからず(しかし,そう的外れではないと個人的には思っています)。
韓国最高裁が元徴用工の損害賠償請求を認めたロジックは以下の通りだと考えられます。
①元徴用工は,日本の違法な植民地支配の下,強制労働によって損害を負った(いわゆる慰謝料がメイン)
②協定は「請求権に関する紛争を完全かつ最終に解決するものである」とはいえ,あらゆる請求権を完璧にカバーしているわけではない
③具体的に言えば,日本企業の上記違法な支配・使用によって徴用工個人が被った損害に対する賠償請求権,例えば慰謝料請求権までも消滅させるものではない
③そもそも,協定は国家間の取り決めで合って,個人が個人に請求する場面においては機能しない
④したがって,元徴用工は,未だ支払われていない損害賠償請求権を新日鉄に対し有するし,この行使は協定によって妨げられるものではない
このように,韓国最高裁は徴用工個人の損害賠償請求権が協定に言う「請求権」に含まれていないこと+協定は個人の請求において無意味であることというダブルの理由で請求を認めているように見えます。
このダブルの理由がorなのかandなのかよくわかりませんが。
果たしてこれらの判断に妥当性があるといえるでしょうか。
日本の主張
これに対して,とても印象的だったのがわが国の安倍首相の反応。
「国際法に照らしてあり得ない判断だ。日本政府としては毅然と対応していく。」と述べました。
安倍首相がここまで強気な発言をするのは珍しいような気がします。
一見「なるほど。もっともだ。」とも思えるような発言ですが,この発言はよくよく考えるとその真意がよくわかりません。(ここ主観)
何故「国際法に照らしてあり得ない」のでしょうか。
韓国最高裁の判断は,一応論理矛盾なく,また,国際法のルールに従って解釈ないし判断を下しているように見えます。
そうであれば,一体どの点に問題があるのでしょうか。(後述)
私見・疑問点
以上のとおり,事実の記載をベースに「徴用工」判決を見てきました。
以下では,これを踏まえて私の個人的な感想や疑問点を述べたいと思います。
疑問1 協定に元徴用工の個人請求権が含まれないのは何故?
韓国最高裁は徴用工の慰謝料請求等の個人請求権が協定の「請求権に関する紛争を完全かつ最終に解決」には含まれないとするものでした。
正直,私の率直な感覚から申し上げますと「含まれないわけないでしょう」という感想です。
徴用工とは戦争の結果として生じた日本の朝鮮人に対する支配の一態様といえるのですから,この過ちを賠償という形で償うことは,まさに協定の意図するところなのではないかと思います。
こういう賠償請求権が含まれないとすると,協定やこれに基づく5億ドルの提供は一体なんのために支払われたものなのかわからなくなってしまうと思います。
とはいえ,筆者は判決の原文を読んだわけではなく,韓国最高裁の真意が図りかねます。
逆に限りなく徴用工側に有利に解せば,協定にいう「請求権」とは「韓国」という国家単位でのあらゆる請求権を意味し,徴用工の慰謝料のような個人的な請求権は含めない,ということになるでしょうか。
確かに,客観的事実だけを見れば,日本は韓国という「国家」に5億ドルを支払いましたが,韓国にいる元徴用工という「個人」には何ら支払をしていないです。これが韓国最高裁の言いたい事なのでしょうか。
しかし,この見解に対しては以下のような反論が考えられます。
すなわち,上記5億ドル(特に,無償で供与した3億ドル)には韓国の政府を介して個人に支払われるべき労働対価等が含まれている,と。
実際,韓国の外務省に当たる外交通商部は,「日本に動員された被害者(未払い賃金)供託金は請求権協定を通じ、日本から無償で受け取った3億ドルに含まれているとみるべきで、日本政府に請求権を行使するのは難しい」と述べています。
そうであれば,間接的とはいえ,協定に基づく日本の支払によって個人の請求権に関する紛争は少なくとも国家レベルで解決されたと見ることが出来そうです。
仮にその賠償が不足するというのであれば,それは韓国政府の韓国国民に対する補償が足りないという問題に過ぎないのではないでしょうか。
疑問2 協定は個人の紛争に関係ない?
韓国最高裁第2のロジックである協定は国家間の取り決めに過ぎないというのはどういう意味でしょうか。
そもそもこのような条約は締結国家を法的に拘束しますが,その締結国の国民を直接的に縛ることはありません。
そして,協定の効果は,日韓が「外交的保護権の放棄」をするに過ぎないということになるそうです。
外交的保護権の放棄とは,相手国(韓国)がその国内において,自国民(日本国民)の財産をどうしようが(日本は)口を挟まないということです。
つまり,外交的保護権があれば個人は国という強力な用心棒を置きつつ賠償を請求し,あるいは反対に請求を拒んでいけることになります。
反対にこれが放棄されたということは,もう国は賠償に無関心ということになる訳です。
この意味で,国目線としては,請求権問題はキレイさっぱり解決されたことになります。
協定がこのような効果を持つに過ぎないということであれば,個人が個人に賠償を求めることは全く問題がなく,ただ国というバックボーンが得られないという状態になります。
国内の普通の民事裁判のようなイメージですね。
これが第二のロジックです。
確かに,この点に関しては韓国最高裁の筋が通っているような気もします。
もっとも,上記の通り元徴用工に対する補償は韓国政府を介して個人への補償は済んでいるはずですから,そうだとしても元徴用工には賠償を求める「損害」が存在しないと思うのですが。
ちなみに,これは韓国国内での裁判ですから,新日鉄が仮に韓国内に財産等を有していなければ新日鉄に痛手はない,ということになります。韓国の役人が日本までやってきて新日鉄の財産を差し押さえることはないからです。
しかし新日鉄は韓国大企業の株式を大量に持っているため,これを差し押さえられる可能性はあるみたいですね。
疑問3 国際法に照らしてあり得ないとは?
最後に,何故安倍首相はこんなにも憤っているのでしょうか。
国際法上の問題とは何なのでしょうか。
筆者は国際法をあまり勉強していないので見当違いのことを書くかもしれないですが,一応の見解を示しますと,「韓国という国家は,協定という国際法上拘束力を持つ取り決めをした以上,その内容を実現するために,国内における適切な統治をすべきだ」という意味ではないでしょうか。
わけわかんないと思うのでより具体的に言えば,
・確かに個人は協定を無視して日本企業に請求することはできる
・しかし,協定に照らせば韓国政府がその補償義務を負うべきであり,日本企業への請求を認めることはあり得ない
・裁判所もその意味で,「請求する相手を間違えていますよ」と言うべきであった
ということになりますかね。
つまり,協定を結んだ時点で韓国は日本との関係を清算し,「あとはこっちでやるから!」といったわけです。
それなのに,「個人」という飛び道具を投げて「そっち行ったから任せた!」というのは国家間の信頼を破壊する裏切りなのです。
この意味で「国際法に照らしてあり得ない」と結論付けられるのではないでしょうか。
まとめ
かなり長々と,それも複雑に記載してしまいましたが,エッセンスだけを抽出すると以下のようになります。
・その朝鮮人が「韓国」としてではなく「個人」として賠償を請求してきた。
・日韓は「協定」で戦争に係る請求権関係を清算している。日本は5億ドル払った。それなのに何故また賠償しなければならないの?
・韓国最高裁は2つのロジックでその請求を認めた。
→①協定に個人請求権は含まれていない
②協定は個人に適用しない
・でも,韓国は国家として協定に従い日本に代わって徴用工たちに補償をする約束だったんじゃないの?裁判所も政府もその約束を無視するの?
→政府は司法権に中々口を出せない。とはいえ,このままでは対日関係が悪化。そこで,今後の政府の対応に注目。
という感じになります。
日本国民としてはやっぱりこの判決は二重払いでおかしい。こんなの従う必要ない。と思ってしまいますが,仮に韓国側の言い分が正当であって,日本が支払い足りない部分があるのだとしたら,わが国は誠実にこれを償う必要があると思います。
日本政府としては是非「毅然とした態度で」第三国を交えるなりICJの判断を仰ぐなりして決着をつけてほしいところですね。
私としても,普段なかなか考えることのない論点を熟考する良い機会でした。
少しでも皆様のご参考になればうれしいです。それでは。
参考サイト
比較的詳しいニュース記事
「徴用工」訴訟 新日鉄住金に損害賠償命じる判決 韓国最高裁 | NHKニュース
韓国との請求権・経済協力協定の概要
財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定 - Wikipedia
韓国との請求権・経済協力協定原文等
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/A-S40-293_1.pdf
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdfs/A-S40-293_2.pdf
緒方林太郎氏のブログ
(「スーパー無駄遣い」でおなじみの人ですが,この件に関してかなり詳しい記述があり参考になります。)
韓国メディアの日本語版
「個人請求権は韓日協定とは別…被害者に1千万円ずつ賠償せよ」 : 政治•社会 : hankyoreh japan